ら御遠慮には及ばない、逢つて來たら宜からう、何もそんなに體裁には及ばぬではないか、可愛い人を素戻しもひどからう、追ひかけて逢ふが宜い、何なら此處へでも呼び給へ、片隅へ寄つて話しの邪魔はすまいからといふに、串談はぬきにして結城さん貴君に隱くしたとて仕方がないから申ますが町内で少しは巾もあつた蒲團やの源七といふ人、久しい馴染でござんしたけれど今は見るかげもなく貧乏して八百屋の裏の小さな家にまい/\つぶろの樣になつて居まする、女房もあり子供もあり、私がやうな者に逢ひに來る歳ではなけれど、縁があるか未だに折ふし何の彼のといつて、今も下坐敷へ來たのでござんせう、何も今さら突出すといふ譯ではないけれど逢つては色々面倒な事もあり、寄らず障らず歸した方が好いのでござんす、恨まれるは覺悟の前、鬼だとも蛇だとも思ふがようござりますとて、撥を疊に少し延びあがりて表を見おろせば、何と姿が見えるかと嬲《なぶ》る、あゝ最う歸つたと見えますとて茫然《ぼん》として居るに、持病といふのは夫れかと切込まれて、まあ其樣な處でござんせう、お醫者樣でも草津の湯でもと薄淋しく笑つて居るに、御本尊を拜みたいな俳優《やくしや》で行つ
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