くつめて前髮大きく髷おもたげの、赭熊《しやぐま》といふ名は恐ろしけれど、此髷《これ》を此頃の流行《はやり》とて良家《よきしゆ》の令孃《むすめご》も遊ばさるゝぞかし、色白に鼻筋とほりて、口もとは小さからねど締りたれば醜くからず、一つ一つに取たてゝは美人の鑑《かゞみ》に遠けれど、物いふ聲の細く清《すゞ》しき、人を見る目の愛敬あふれて、身のこなしの活々したるは快き物なり、柿色に蝶鳥を染めたる大形の裕衣きて、黒襦子と染分絞りの晝夜帶胸だかに、足にはぬり木履《ぼくり》こゝらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の歸りに首筋白々と手拭さげたる立姿を、今三年の後に見たしと廓がへりの若者は申き、大黒屋《だいこくや》の美登利《みどり》とて生國《しやうこく》は紀州、言葉のいさゝか訛《なま》れるも可愛く、第一は切れ離れよき氣象を喜ばぬ人なし、子供に似合ぬ銀貨入れの重きも道理、姉なる人が全盛の餘波《なごり》、延いては遣手新造《やりてしんぞ》が姉への世辭にも、美《み》いちやん人形をお買ひなされ、これはほんの手鞠代と、呉れるに恩を着せねば貰ふ身の有がたくも覺えず、まくはまくは、同級の女生徒二十人に揃ひのごむ鞠
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