ださつぱりしたお前が承知をしてくれゝば最う千人力だ、信さん有がたうと常に無い優しき言葉も出るものなり。
 一人は三尺帶に突かけ草履の仕事師の息子、一人はかわ色|金巾《かなきん》の羽織に紫の兵子帶といふ坊樣仕立、思ふ事はうらはらに、話しは常に喰ひ違ひがちなれど、長吉は我が門前に産聲を揚げしものと大和尚夫婦が贔屓もあり、同じ學校へかよへば私立私立とけなされるも心わるきに、元來愛敬のなき長吉なれば心から味方につく者もなき憐れさ、先方は町内の若衆どもまで尻押をして、ひがみでは無し長吉が負けを取る事罪は田中屋がたに少なからず、見かけて頼まれし義理としても嫌やとは言ひかねて信如、夫れではお前の組に成るさ、成るといつたら嘘は無いが、成るべく喧嘩は爲ぬ方が勝だよ、いよ/\先方《さき》が賣りに出たら仕方が無い、何いざと言へば田中の正太郎位小指の先さと、我が力の無いは忘れて、信如は机の引出しから京都みやげに貰ひたる、小鍛冶の小刀を取出して見すれば、よく利《き》れそうだねへと覗き込む長吉が顏、あぶなし此物《これ》を振廻してなる事か。

       三

 解かば足にもとゞくべき毛髮《かみ》を、根あがりに堅
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