しを道引違へて我が家の方《かた》へと美登利の急ぐに、お前一處には來て呉れないのか、何故其方へ歸つて仕舞ふ、餘りだぜと例の如く甘へてかゝるを振切るやうに物言はず行けば、何の故とも知らねども正太は呆れて追ひすがり袖を止めては怪しがるに、美登利顏のみ打赤めて、何でも無い、と言ふ聲|理由《わけ》あり。
 寮の門をばくゞり入るに正太かねても遊びに來馴れて左のみ遠慮の家にもあらねば、跡より續いて椽先からそつと上るを、母親見るより、おゝ正太さん宜く來て下さつた、今朝から美登利の機嫌が惡くて皆なあぐね[#「あぐね」に傍点]て困つて居ます、遊んでやつて下されと言ふに、正太は大人らしう惶《かしこま》りて加減が惡るいのですかと眞面目に問ふを、いゝゑ、と母親怪しき笑顏をして少し經てば愈《なほ》りませう、いつでも極りの我まゝ樣《さん》、嘸お友達とも喧嘩しませうな、眞實《ほんに》やり切れぬ孃さまではあるとて見かへるに、美登利はいつか小座敷に蒲團抱卷持出でゝ、帶と上着を脱ぎ捨てしばかり、うつ伏し臥して物をも言はず。
 正太は恐る/\枕もとへ寄つて、美登利さん何うしたの病氣なのか心持が惡いのか全体何うしたの、と左のみ
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