廣げしが、表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり身に愛嬌あれば人も憎くまぬ當の敵《かたき》あり、我れは私立の學校へ通ひしを、先方《さき》は公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顏をしおる、去年《こぞ》も一昨年も先方には大人の末社がつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩に手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば、誰れだと思ふ横町の長吉だぞと平常《つね》の力だては空いばりとけなされて、弁天ぼりに水およぎの折も我が組に成る人は多かるまじ、力を言はゞ我が方がつよけれど、田中屋が柔和《おとなし》ぶりにごまかされて、一つは學問が出來おるを恐れ、我が横町組の太郎吉、三五郎など、内々は彼方がたに成たるも口惜し、まつりは明後日、いよ/\我が方が負け色と見えたらば、破れかぶれに暴れて暴れて、正太郎が面に疵一つ、我れも片眼片足なきものと思へば爲やすし、加擔人《かたうど》は車屋の丑に元結よりの文《ぶん》、手遊屋《おもちやゝ》の彌助などあらば引けは取るまじ、おゝ夫よりは彼《か》の人の事|彼《あ》の人の事、藤本のならば宜き智惠も貸してくれんと、十八日の暮れちかく、物いへば眼
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