口にうるさき蚊を拂ひて竹村しげき龍華寺の庭先から信如が部屋へのそりのそりと、信さん居るかと顏を出しぬ。
己れの爲る事は亂暴だと人がいふ、亂暴かも知れないが口惜しい事は口惜しいや、なあ聞いとくれ信さん、去年も己れが處の末弟《すゑ》の奴と正太郎組の短小野郎《ちびやらう》と萬燈《まんどう》のたゝき合ひから始まつて、夫れといふと奴の中間がばらばらと飛出しやあがつて、どうだらう小さな者の萬燈を打《ぶち》こわしちまつて、胴揚にしやがつて、見やがれ横町のざまをと一人がいふと、間拔に背のたかい大人のやうな面をして居る團子屋の頓馬が、頭《かしら》もあるものか尻尾だ尻尾だ、豚の尻尾だなんて惡口を言つたとさ、己らあ其時千束樣へねり込んで居たもんだから、あとで聞いた時に直樣仕かへしに行かうと言つたら、親父《とつ》さんに頭から小言を喰つて其時も泣寐入、一昨年はそらね、お前も知つてる通り筆屋の店へ表町の若衆《わかいしゆ》が寄合て茶番か何かやつたらう、あの時己れが見に行つたら、横町は横町の趣向がありませうなんて、おつな事を言ひやがつて、正太ばかり客にしたのも胸にあるわな、いくら金が有るとつて質屋のくづれの高利貸が
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