づらや、喜い公、何處が好い者かと釣りらんぷの下を少し居退きて、壁際の方へと尻込みをすれば、それでは美登利さんが好いのであらう、さう極めて御座んすの、と圖星をさゝれて、そんな事を知る物か、何だ其樣な事、とくるり後を向いて壁の腰ばりを指でたゝきながら、廻れ/\水車を小音に唱ひ出す、美登利は衆人《おほく》の細螺《きしやご》を集めて、さあ最う一度はじめからと、これは顏をも赤らめざりき。
十二
信如が何時も田町へ通ふ時、通らでも事は濟めども言はゞ近道の土手々前に、假初の格子門、のぞけば鞍馬の石燈籠に萩の袖垣しをらしう見えて、椽先に卷きたる簾のさまもなつかしう、中がらすの障子のうちには今樣の按察《あぜち》の後室が珠數をつまぐつて、冠《かぶ》つ切りの若紫も立出るやと思はるゝ、その一ツ構へが大黒屋の寮なり。
昨日も今日も時雨の空に、田町の姉より頼みの長胴着が出來たれば、暫時《すこし》も早う重ねさせたき親心、御苦勞でも學校まへの一寸の間に持つて行つて呉れまいか、定めて花も待つて居ようほどに、と母親よりの言ひつけを、何も嫌やとは言ひ切られぬ温順しさに、唯はい/\と小包みを抱へて、鼠小
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