など、お宗旨によりて構ひなき事なれども、法師を木のはしと心得たる目よりは、そゞろに腥《なまぐさ》く覺ゆるぞかし、龍華寺の大和尚身代と共に肥へ太りたる腹なり如何にも美事に、色つやの好きこと如何なる賞め言葉を參らせたらばよかるべき、櫻色にもあらず、緋桃の花でもなし、剃りたてたる頭より顏より首筋にいたるまで銅色《あかゞねいろ》の照りに一點のにごりも無く、白髮もまじる太き眉をあげて心まかせの大笑ひなさるゝ時は、本堂の如來さま驚きて臺座より轉《まろ》び落給はんかと危ぶまるゝやうなり、御新造はいまだ四十の上を幾らも越さで、色白に髮の毛薄く、丸髷も小さく結ひて見ぐるしからぬまでの人がら、參詣人へも愛想よく門前の花屋が口惡る嬶《かゝ》も兎角の蔭口を言はぬを見れば、着ふるしの裕衣、總菜のお殘りなどおのづからの御恩も蒙るなるべし、もとは檀家の一人成しが早くに良人を失なひて寄る邊なき身の暫時こゝにお針やとひ同樣、口さへ濡らさせて下さらばとて洗ひ濯《そゝ》ぎよりはじめてお菜ごしらへは素よりの事、墓場の掃除に男衆の手を助くるまで働けば、和尚さま經濟より割出しての御ふ憫かゝり、年は二十から違うて見ともなき事は女も
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