》よき女太夫の笠にかくれぬ床しの頬を見せながら、喉自慢、腕自慢、あれ彼の聲を此町には聞かせぬが憎くしと筆やの女房舌うちして言へば、店先に腰をかけて往來を眺めし湯がへりの美登利、はらりと下る前髮の毛を黄楊《つげ》の※[#「髟/兵」、第3水準1−94−27]櫛《びんぐし》にちやつと掻きあげて、伯母さんあの太夫さん呼んで來ませうとて、はたはた驅けよつて袂にすがり、投げ入れし一品を誰れにも笑つて告げざりしが好みの明烏さらりと唄はせて、又御贔負をの嬌音これたやすくは買ひがたし、彼れが子供の処業かと寄集りし人舌を卷いて太夫よりは美登利の顏を眺めぬ、伊達には通るほどの藝人を此處にせき止めて、三味の音、笛の音、太皷の音、うたはせて舞はせて人の爲ぬ事して見たいと折ふし正太に※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささや》いて聞かせれば、驚いて呆れて己らは嫌やだな。

       九

 如是我聞《によぜがもん》、佛説阿彌陀經《ぶつせつあみだきやう》、聲は松風に和《くわ》して心のちりも吹拂はるべき御寺樣の庫裏《くり》より生魚あぶる烟なびきて、卵塔場《らんたふば》に嬰兒《やゝ》の襁褓《むつき》ほしたる
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