心得ながら、行き處なき身なれば結句よき死場處と人目を恥ぢぬやうに成りけり、にが/\しき事なれども女の心だて惡るからねば檀家の者も左のみは咎めず、總領の花といふを懷胎《まうけ》し頃、檀家の中にも世話好きの名ある坂本の油屋が隱居さま仲人といふも異な物なれど進めたてゝ表向きのものにしける、信如も此人の腹より生れて男女二人の同胞《きやうだい》、一人は如法《によほふ》の變屈ものにて一日部屋の中にまぢ/\と陰氣らしき生《むま》れなれど、姉のお花は皮薄の二重|腮《あご》かわゆらしく出來たる子なれば、美人といふにはあらねども年頃といひ人の評判もよく、素人にして捨てゝ置くは惜しい物の中に加へぬ、さりとてお寺の娘に左り褄、お釋迦が三味ひく世は知らず人の聞え少しは憚かられて、田町の通りに葉茶屋の店を奇麗にしつらへ、帳場格子のうちに此|娘《こ》を据へて愛敬を賣らすれば、科りの目は兎に角勘定しらずの若い者など、何がなしに寄つて大方毎夜十二時を聞ュまで店に客のかげ絶えたる事なし、いそがしきは、大和尚、貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の幾日《いくか》は説教日の定めもあり帳面くるやら經よむやら斯くては身
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