せの養生、一月と同じ處に住へば見る物殘らず嫌やに成りて、次第に病ひのつのる事見る目も恐ろしきほど悽まじき事あり。
 當主は養子にて此娘《これ》こそは家につきての一粒ものなれば父母が歎きおもひやるべし、病ひにふしたるは櫻さく春の頃よりと聞くに、夫れよりの晝夜|※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》を合する間もなき心配に疲れて、老たる人はよろよろたよ/\と二人ながら力なさゝうの風情、娘が病ひの俄かに起りて私は最う歸りませぬとて驅け出すを見る折にも、あれ/\何うかして呉れ、太吉/\と呼立るほかには何の能なく情なき體なり。
 昨夜は夜もすがら靜に眠りて、今朝は誰れより一はな懸けに目を覺し、顏を洗ひ髮を撫でつけて着物もみづから氣に入りしを取出し、友仙の帶に緋ぢりめんの帶あげも人手を借ずに手ばしこく締めたる姿、不圖見たる目には此樣の病人とも思ひ寄るまじき美くしさ、兩親は見返りて今更に涕ぐみぬ、附そひの女が粥の膳を持來たりて召上りますかと問へば、嫌や嫌やと頭をふりて意氣地もなく母の膝へ寄そひしが、今日は私の年季《ねん》が明まするか、歸る事が出來るで御座んせうかとて問ひかけるに、年季が明
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