るといつて何處へ歸る了簡、此處はお前さんの家では無いか、此ほかに行くところも無からうでは無いか、分らぬ事を言ふ物ではありませぬと叱られて、夫でも母樣私は何處へか行くので御座りませう、あれ彼處に迎ひの車が來て居まする、とて指さすを見れば軒端のもちの木に大いなる蛛《くも》の巣のかゝりて、朝日にかゞやきて金色の光ある物なりける。
 母は情なき思ひの胸に迫り來て、あれ彼んな事を、貴君お聞遊しましたかと良人に向ひて忌はし氣にいひける、娘は俄に萎《しを》れかへりし面に生々とせし色を見せて、あの夫れ一昨年のお花見の時ねと言[#「言」は底本では「言言」]ひ出す、何ゑと受けて聞けば學校の庭は奇麗でしたねへとて面しろさうに笑ふ、あの時貴君が下《くだ》すつた花をね、私は今も本の間へ入れてありまする、奇麗な花でしたけれども最う萎れて仕舞ました、貴君には彼れから以來御目にかゝらぬでは御座んせぬか、何故逢ひに來て下さらないの、何故歸つて來て下さらぬの、もうお目にかゝる事は一生出來ぬので御座んするか、夫れは私が惡う御座りました、私が惡いに相違ござんせぬけれど、夫れは兄樣が、兄が、あゝ誰れにも濟ませぬ、私が惡う御座り
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