げなれど、乘り居たるは三十計の氣の利きし女中風と、今一人は十八か、九には未だと思はるゝやうの病美人、顏にも手足にも血の氣といふもの少しもなく、透きとほるやうに蒼白きがいたましく見えて、折から世話やきに來て居たりし、差配が心に、此人《これ》を先刻《さき》のそゝくさ[#「そゝくさ」に傍点]男が妻とも妹とも受とられぬと思ひぬ。
 荷物といふは大八に唯一くるま來たりしばかり、兩隣にお定めの土産は配りけれども、家の内は引越らしき騷ぎもなく至極ひつそりとせし物なり。人數は彼のそゝくさに此女中と、他には御飯たきらしき肥大女《ふとつてう》および、その夜に入りてより車を飛ばせて二人ほど來たりし人あり、一人は六十に近かるべき人品よき剃髮の老人、一人は妻なるべし對するほどの年輩《とし》にてこれは實法《じばふ》に小さき丸髷をぞ結ひける、病みたる人は來るよりやがて奧深に床を敷かせて、括り枕に頭《つむり》を落つかせけるが、夜もすがら枕近くにありて悄然《しよんぼり》とせし老人二人の面《おも》やう、何處やら寢顏に似た處のあるやうなるは、此娘《このこ》の若しも父母にては無きか、彼のそゝくさ男を始めとして女中ども一同旦那
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