見て呉れとてくる/\と剃たる頭を撫でゝ思案に能はぬ風情、はあ/\と聞居る人も詞は無くて諸共に溜息なり。
 娘は先刻《さき》の涙に身を揉みしかば、さらでもの疲れ甚しく、なよなよと母の膝へ寄添ひしまゝ眠れば、お倉お倉と呼んで附添ひの女子と共に郡内の蒲團の上へ抱き上げて臥さするにはや正體も無く夢に入るやうなり、兄といへるは靜に膝行《ゐざり》寄りてさしのぞくに、黒く多き髮の毛を最《いと》惜しげもなく引つめて、銀杏返しのこはれたるやうに折返し折返し髷形《まげなり》に疊みこみたるが、大方横に成りて狼藉の姿なれども、幽靈のやうに細く白き手を二つ重ねて枕のもとに投出し、浴衣の胸少しあらはに成りて締めたる緋ぢりめんの帶あげの解けて帶より落かゝるも婀《なまめ》かしからで慘ましのさまなり。
 枕に近く一脚の机を据ゑたるは、折ふし硯々と呼び、書物よむとて有し學校のまねびをなせば、心にまかせて紙いたづらせよとなり、兄といへるは何心なく積重ねたる反古紙《ほごがみ》を手に取りて見れば、怪しき書風に正體得しれぬ文字を書ちらして、是れが雪子の手跡かと情なきやうなる中に、鮮かに讀まれたるは村といふ字、郎といふ字、あゝ植村
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