民に限られてゐる。賤民は官戸・家人・官奴婢・私奴婢及び陵戸の五つである(喜田貞吉博士)。即ち何れも奉公人奴隷的境遇に置かれたもので、唯陵戸だけは墓守・隱亡の類であつて、後に土師部が葬送を掌つてから之れと結びついた。雜戸は農耕以外の技術工藝雜役に從ふもので、例へば玉造部・弓削部・鎧作・樂戸・船戸・酒戸・藥戸・雜工戸・鷹戸・その他馬飼や犬飼・機織部・土師部等あらゆる業態を網羅して居る。彼等は聖武天皇に依つて一應平民と見做されることになつたが、更に之れ等のどの職業にも屬さない祝言人《ほがひびと》・遊女・遊藝人の徒が良民から賤民視されて卑しめられたのは、彼等が治者階級から認められた雜戸にも屬さない浮浪民であるからであつて、結局は農耕を尊重する思想から來て居るのである。
古い文化の淵源である京都には明治初年まで樣々な浮浪人が新年の祝詞《ことほぎ》に出て來たものである。大和地方から來る萬歳・或は春駒・チョロケン・大神樂・福助・鳥追、それから最も特殊な「ものよし」等々々。――この「ものよし」と云ふのは古老の談に依ると松原通鴨川橋の東詰、今稻荷の小社あるあたりから北、即ち現在宮川町遊廓のある處に天刑
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