は夷三郎神の信仰が附隨してゐた。とすれば明石海峽一つを隔てた西宮産所の傀儡子が、この地を目ざして移住して來るのは決して不思議ではないであらう。否彼等の部族の増殖膨脹に伴ふ必然の結果として、その勢力擴大の必要から彼等は自分の部族を各方面に移動せしめる爲に出來得る限り、斯樣な因縁をたどつて行つたのであらう。それが文化の移動ともなり、信仰の傳播ともなり、特殊な習俗の分布ともなるのである。
 市村字三條の人形操が事實に於てさう云ふ特殊な部族に屬してゐた事を證明する説話は幾つも殘つてゐる。例へば彼等は明治中期頃まで地方巡業に際して彼等特有の旅箪子にあらゆる生活の必要品を收めて持ち歩いた。長火鉢から鐵瓶・茶碗の類は勿論、或る太夫の如きは火鉢に用ゐる藁灰まで袋に入れて旅に出たと云はれてゐる。彼等の仲間では之れを盛榮を極めた頃の操座の豪奢を示すものとして誇を感じてゐるらしい。が然しそれこそ彼等が特殊部族として一般民衆から差別的な待遇を受けたことを示すものでなくてなんであらう。産婦をけがれとして別火せしめた同じ思想が、執拗に産所の民をして火鉢の灰まで旅に持廻らせたのである。
 尚一つ見逃がせないものは前
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