を見てゐるのだ。
自分も内に優しい力が生じ、勢ひが加へられた。
自分は詩人だ。
一篇の詩をこの宴會に捧げようと思つた。
[#地から1字上げ](十一月二十五日)

  三人の小供

何處から來たのか
蝶々のやうに見馴れ無い三人の小供が原へ來てゐる。
メリンスの美しい着物の五つ位の二人の女の子と
同じ年頃の男の兒と
三人はいつでも一緒にかたまつて遊んで居る。
道側の原の小さな崖崩れの上を飛び越しても、原へ立つても
又原へ下りて往來へ出ても三人はいつも一緒になつてしまふ。
運命が三人を一つにして居るやうに、皆んなの衣物が觸れ合つて居る
彼等は餘り騷が無い、
何か一つするとすぐ運動を休んでしまふ
向ひ合つて默つて並ぶ。
女の兒と女の兒が小聲で話して居る
男の兒はおとなしく默つて傍に立つて居る
一人の女の兒が崖崩れに辷つて轉がつた
手をかさうとすると一人で起き上つた。
泣か無いので感心だと思つた。
三人は原へ行つて立つて
そこで女の兒はシク/\泣いて居た
自分の方を見乍ら、惡かつたやうな氣がした。
男の兒は妙な顏をして自分を見て笑つた
泣くのは可笑しいと云ふ風に、
自分も默つて笑つた。
女の兒は靜かに泣いたり、止めたりした。
自分で泣いて居るのを知ら無いやうに
自分は美くしいと思つた。少し三人が美しい氣がした、
その間自分の小供は崖くづれの上で轉んだり這ひ上つたり一人で
「うんうん」と力んで居た。
三人の子供を思ひ出して見た時には
原の隅の方にうしろ姿を見せて三人一緒に馳けて行つた
一番ひの蝶々のやうに
何か相談が纏つたやうに
喜んで走つて行つた。
如何うして三人はこんな所へ來たのかと思つた。
[#地から1字上げ](十二月六日)
[#地から1字上げ](以下八篇、愛の本所載)

  往來で

今日は曇つて居るが、その代り暖い
日のありかがよく解る
靄の中でそこだけ空が黄色くなつて居る
親切な日は出たがつて居るのが實によく分る。
どこかへ出ようとして靄の中を非常な勢ひで走つてゐる。
妻と小供と原へ行つてそれを眺める。
妻の手の明いたのが自分を元氣にして居る
久しぶりで用の無い身の幸福が味へる
原もいつもより美くしい。
すつかり姿が變つて居る。
枯れた芝が青々として居る。
霜溶け道はつくられた許りのやうに黒々と泥があれて居る。
すつかり冬仕度が出來た落着きがそこら一面にある。
もうこれで大丈夫と云ふやうに、日が出るのを待つて居る。
自分達は芝の上に離れ/″\に腰を下ろす
風も無いのに小供が
少し色のついた五厘紙凧を上げて居る。
自分の目の前で、フラ/\上つてはすぐ落ちる。
家に飼つてある支那金魚を思ひ出す
小さくて灰色で少し紅が交つてゐるのがよく似てゐる。
生きてゐるやうに紙凧は動く、動き方も似てゐる。
原の隅から見知ら無い白い犬が人戀しげに顏を出す。
妻が呼ぶと飛んで來てその足下にころがつてじやれる。
自分が立つとピヨイと飛びさがつて逃げて行く
子供は南京豆をもつて追掛けて行く
逃げ腰に下つた犬は原の隅の垣根の中へ入つてしまふ。
子供は默てトツトと引返して來る
犬は垣根から出て來て小供の居たところを嗅いでゐる。
原の裾の方で屑屋が籠を下ろして一人で紙を選んでゐる。
道の向ふのもう一つの原では大人が二人でボールを投げ合つてゐる。
玉がはづれて眞中にある古井戸へ落ちこんだ。
古井戸の周りには忽ち一杯人が集つた
皆んな覗いてゐる。
酒屋の小僧や自轉車乘の小僧や小供がゴチヤ/\高低になつてゐる。
首を動してはうしろをふり向く顏が見える
道を行く人は立止つて浮腰になつて迷つてゐる。
原の隅へ女の子がふくらんだうしろ姿を見せて家へ飛んで行く。
自分は妻と子供に別れて散歩に行く
電車に乘る。まるですいてゐる。
自分の前には厚着した上に水色の襟卷をした老婆が暖いので
供も連れずに遠くへ出掛けると見える。
車掌に乘替を切らしてゐる。
綺麗な可愛ゆい聲だ。
電車は坂を下りて行く
向ふから一杯荷馬車や荷車が高々と下りて來て通り過ぎる。
馭者臺に小僧が同乘して嬉し相に見渡して居る
學校がへりの袴をつけて少女が
思ひ/\の色のふろしき包みを片手の上にきちやんと載せて、
二三人づゝ連れ立つて來る
何か饒舌つてゐる。
みんな赤い顏を前に集めて覗き合ひ乍ら話して來る。
道行く人の眼はみんな同じ方向を向いてゐる。
黄ろい菊の束をもつた少女も通る。
黒いマントに白のゲートルの脛の長い學生も通る。
みんな青々として通る。力をもつて高々と通る。
歩いて行く者は凡て美しいと思ふ。
地面は之等の人や馬や車を載せてゆるく地辷りして來る。
電車は馬のやうに一氣に坂をのぼり切る。
坂の上の火藥庫の番兵も明るい顏をしてゐる
呑氣さうに見える。御じぎをして人が入つて行く。
番兵は見知り合ひと見える。一寸頭を下げる。
白いつゝみを脊負つた洗濯屋の小僧が立止つて門内を見てゐる。
番兵は暇さうに石甃の上を行つたり來たりしてゐる
鐵砲なんか捨てゝノコ/\往來に歩き出しさうだ。
然し筋向ひの西洋料理屋の門前の
少し日の當つた石の上に
顏は見え無いが未だ若相な女が
赤い帽子の赤ん坊を落ちないやうに窮屈さうに
腹をこゞめて帶を締め直して居る。
これからうんと歩く用心に
その側に五つか六つ位の帽子も冠らない未だ頑是ない男の子が、
御母さんの方に體を寄せ乍ら、眼はボンヤリ往來を見てゐる。
親子とも汚ない風だ。
この寒中に白つぽくなつた水色の着物を着てゐる。
その代りやたらに重ねて着てゐる
無論持てゐるだけの着物を着てしまつてゐるのだ。
だがねんねこは無い、白い紐にぢかに子供を脊負つてゐる。
自分の眼には出しぬけに涙が湧いた
今迄のいゝ氣持はとんでしまつた。
何處へ行く女だ、
歩いてこの電車の果てまでももつと先きまでも行くのではあるまいか
もう餘程遠くから歩いて來たのではあるまいか。
坂を上り切つたので疲れて息を入れてゐるのだ。
人を頼つて行くのではなからうか
男に棄てられた女か、夫に死に別れた妻か、
子供があつてどこでも働け無い女
子供は二人とも何もしらないのだ
御母さんの困つてゐる心は知らないのだ。
遊ぶ事は出來ずにあつちこつち連れて歩かせられるのだ。
自分は電車を下りようか
道には着飾つた女や男が通る
皆んな餘裕のあるニコ/\した顏をしてゐる
彼女のやうな女は一人も見當ら無い
兩側の店もあいにく立派だ。
この道は若い彼女にはつらい道だ。
しつかり赤ん坊を脊負つて下を見乍ら、
うしろについて來る小供の足を引ずらして、
泣き度くなるやうな小言を云ひ乍ら、
電車道を急いで行かなくてはならない。
一緒に歩いて遣つたらどんなにいゝか
どこに彼女の夫はゐるのだ。
どこに小供の父はゐるのだ。
若しも亡くなつたのならきつと蔭身に添つてゐるのだらう。
頼つて行く人は親切に彼女を歡迎し相だ。
向ふの方には居さうな氣がする
人は幸福だ。青々して居る。
然し不幸な人がゐる以上
その人をそこまで引上げなくてはならない
力を與へ給へと祈つた。
乘り換へ場で下りた。
あとへ引き返へせば彼女に遇へる
『失禮ですがあなたは困つてゐるのではないのですか』と聞けばいゝ
返事に依つて何でもしよう
電車の片道切符を與へてもいゝ
子供へ菓子か蜜柑位與へる金は五六錢ある
金を與へるのが問題ではない
共力する事が出來ればいゝ
彼女の爲めに働いて遣る事が出來ればいゝ
あゝ友達と二人で歩いて居たらば
きつと心を合はして如何うとか出來る
電車が來た、自分は迷つた
紫色をした一羽の鳩が電車道の敷石へとび下りて歩いた。
鳩が彼女の方へ飛んだらば引返さう
鳩はどつちつかずの屋根へ飛び上つた
自分は人に紛れて電車へ乘つた。
幸福な人は青々と滿ち溢れてゐる。
如何うして多くの幸福が、不幸な人を生むのか。
[#地から1字上げ](十二月一日)

  樹木

北風が止んで夕日の傾く空に
靜かに大きな樹は沈んでゆく
難破船の最後のやうに
枝を開いた樹は妙にゆる/\目のまはるやうに
天體と共に傾いて行く、大きな渦の中に沈んでゆく。
靜かに、光りを加減し乍ら
自分は海上にたゞよふ漂泊者のやうに
涙をためて汝を見送る
靄に包まれて汝の沈み果てるまで
日に別れて行く汝の姿は悲壯だ。

日は沒し、汝も急に沈む。
然し月夜は再び汝の姿をもつて來た。
汝は優しい姿を保つて海底に見棄てられてゐる。
早くも光りの鱗屑の類ひは夥しく群れ來り
大きな藻のやうに開いた枝や葉の上に集つて
跳ね、躍り、宿つて眠る。

然うして眞夜中の潮が滿ちて來ると
汝の姿はいよ/\靜かにすみ渡つて
思ひ出した樣に打ち寄せる波に少し搖れる
眠れる魚は驚いて一時に目覺め
枝を離れて空にとび散りをどんだ光りをわきかへらせる。
その時、時は過ぎて行く陣痛のやうに、
汝は健げな産婦のやうにあわてないで落葉をする。
幽かな音を發して落葉はふれ合つてこぼれる、
思はず口をきいたやうに。
然うしていよ/\冴え渡る生命の水底に
樹はつくりものゝやうに動かない。

あゝ樹よ、汝は生きてゐる
見るものも無い眞夜中に
見て居るものがあるのを知つたら
汝は消え失せはしないか
然し汝は消える事は出來無い
汝は力を出しすぎて居る
汝の消えるのは手間がかゝる
汝はだまされたやうに
冬の最中に春が來たやうに
いよ/\靜かに光つて光りぬく。

あゝ冬の夜の戸外の美くしさ
白晝のやうな眩さ、
究り無い美くしさ、
霜と星の光線の入り亂れ
一本一本の枝はイルミネーシヨンする
その淨さ、その整しさ、
星は曉の近い赤さを帶びて
一齊に火を噴きかける。清い息を吹きかける。
然うしてぐる/\廻轉する。亂舞する。
いそがしく消えたり、光つたりし初める。
夜の潮は引き初める。
一陣の風が魔術を吹き消すやうに吹き渡り
星の鱗屑は遠い/\ところへぐる/\目を廻し乍らひいて行く。
潮の引いたやうに樹は黒い姿で現はれる。
[#地から1字上げ](十一月二十八日)

  或る夕方

夕方
小供を連れて牛屋へ牛を見に行つた
もう一匹も居なかつた。
皆んな部屋へ入つて居た。
廣い空地には夫婦が肥料を掃き竝べて乾して居た
小供が嬉し相に手傳つて居た
小屋の方から若者がニコ/\し乍ら夫婦の方へ歩いて來た。
『雨が降り出したら困るね』と夫が云つた
『本當に困りますね』と妻が云つた。
美くしい氣がした。
自分は亡くなつた弟を思ひ出した。
牧場で馬の病氣の看病を徹夜してした話を聞いてゐたのを思ひ出した
『明日又來て見よう』と云つて小供と家へ歸つた。
雨が靜に降り出した。
然し青い空は靜かに窓の向ふにいつまでも明るかつた。
窓をしめるのを忘れたやうに。

  小景

冬が來た
夜は冷える
けれども星は毎晩キラ/\輝く
赤ん坊にしつこをさせる御母さんが
戸を明ければ
爽やかに冷たい空氣が
サツと家の内に流れこみ
海の上で眼がさめたやう
大洋のやうな夜の上には
星がキラ/\
赤ん坊はぬくとい
股引のまゝで
圓い足を空に向けて
御母さまの腕の上に
すつぽりはまつて
しつこする。

  地球の生地

見ろ、見ろ
何處にでも地球の生地はまる出しだ。
例へば
澤山な子持の青白い屑屋の女房は
寒い吹き晒らしの日蔭の土間で
家中にぶちまけられた襤褸やがらくたを
日がな一日吟味し形付ける。
大きな籠の中からとり出すのは
つるのこはれた鐵瓶や錆の出たブリキ製の御飯蒸し
かうやくを澤山張つた埃だらけな硝子のかけら
もう日が暮れるのに家中明け放しの中で
どう仕末がつくことと思はれる冷たいがらくたを
一手に引受けて一々選り分け仕末する。
たまには小供も仆れて泣いて來ようし
乳をねだりに遣つて來ようし
家のしきゐには女の子が二人腰掛けて、
駄菓子をかじり乍ら眺めてゐる。
凍つた道の上には狹い家の中から追ひ出された、
ボロ/\な男の子が相撲をとつてゐる
この寒いのに轉んだり、手をついたり
着物はよごし方題、體は怪我し方題
見ろ、見ろ
どこにでも地球の生地は丸出しだ。

  櫛

私の家では
久しぶりに
夜中に妻
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