そんな藁一枚ない筈がない、嘘だ」と云つた。
青年は困つた。辯解した。
彼は「構つて下さるな、向ふへ行つて下さい、
藁が無い筈がありますものか、たつた一枚二錢か三錢の藁が、
どこの米屋に行つてもあります。」と云つた。
青年は默つて立つて居た。
側から近づいた女が
「この方は本當に藁を探しに行つて來て下さつたのですよ」
と云つた。
彼は聞き入れなかつた。
地の上に眠たまゝ動かずに何かブツブツ云つた
少し醉つた書生が近づいて「我儘を云ふものでは無い」と説いた。
彼は襲ひかゝる寒さと睡魔の中から
「金を遣るの、酒を買つてのめの、藁が無いのと皆んなうそだ。
ちやんと解ります、本當に氣の毒だと思つて云つてくれる人の言葉は
私には解ります、皆出はうだい云つてゐる。金を遣るなら、何故、
明日にも困るから、何かの足しにしてくれと云ひなさらないのだ。
皆んな嘘だ」と云つた。
青年は二十錢紙幣を手に握つてふるへた。
「贅澤云ふな、醉拂ひかもしれない、構はん方がいゝです」
と書生は云つた。
「あれは本當の事を云つてゐる。あれは本當だ。」
と青年は口に出さなかつたと思ふ程心の中では強く、
口では小さく云つた。
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