働者が佇んで居て
最うぢき冬が來るけはひが
天にも地にも星の息にも人の上にも感じられる。
然し或る横丁の、湯屋の煙突からは
時を得顏に惡どい元氣づいた煙が寒い空氣にふれて息のやうに立ち騰り
賑やかな人聲、赤ん坊の泣きわめく聲が湧き起りうす汚ない朧ななりをしたそこら界隈の
男や女が小供を肩車に乘せたり
三人も五人も一人でゾロ/\引張つたり
火事で燒き出された人のやうに
小供の着替やむつきを兩の小脇に一杯抱へて
恐ろしい路次の闇から異形な風で現はれ
赤い燈火が滲みもう/\と暖い煙の蒸しこめた
錢湯へ吸ひこまれて行く。
然うして月は暗さうに切口を輝かし
星は下界に近づいて、揃ひも揃つて大粒な奴が、
すぐ屋根の上に異形に輝いて
好奇心で下界を覗き込み
人間の頭の中は何かかぶさつて來て、眼の見えぬ樣に暗くなり
心のしん許りが猫の眼のやうに光り出し、小さな焔を燃やし、
夜は更けて行き
凡てのものを美くしく、もろく、果敢なく、貴い、
整然とした他界のものゝやうに並べて見せ
夜の祕密は大きな重々しい混沌とした土塊の中に一杯附着したダイヤモンドのやうに
暗きを好んで異樣に輝き
燈の中に浮んで來る人の顏
前へ
次へ
全102ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
千家 元麿 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング