家々から町から、人間から遠ざかる。
然うして人々は
その工場から、役所から一日の仕事から
開放されて
わが家に歸つて來る喜びと
一日の終りの疲れと悲しみが町の上に交り合ふ。
赤ん坊を抱いて夫を迎へに行く妻が幾組も通る
酒を買ひに行く女が通る。ざるや皿を持つた女が通る
魚屋の前にはそれぞれ特色のある異樣な一杯な人がたかり
ごたかへす道の上には初冬の青い靄が立ち
用のすんだ大きな荷馬車が忙しなくゴロゴロ通り
晝間の暖さを一杯身の内に吸ひ込んだ小供等の
興奮して燥ぎ廻る金切聲が
透明な月の薄く現はれた空に
一つづゝ浮んでは、胸に殘つて一つも聞えなくなる苦るしさ。
一つづゝ星はあらはれ、下界目がけて搖れ來り
だん/\人の顏が見えなくなるに連れて
月は光を加へ、高くなり
人の姿は異形となり、燈の數は赤ん坊のやうに殖え
あちら、こちらで空氣を轟かして
いそがし相に戸を閉ざす音が
天の扉が閉ぢられる樣に鳴り渡り
歸り遲れた人々は興奮してせつかちに
たち籠めた闇の中を
大きな音を立てゝ飛ぶ樣に通つて行く。
もう町には小供等は馳け廻ら無い。
ところどころに路上には薄茫んやりと
今夜の宿を求める勞
前へ
次へ
全102ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
千家 元麿 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング