思ふ。勿體ないと思ふ。
とても眠る氣にはなれない
一人で起きてゐる
いろ/\の過ぎ去つた事や未來の事を思ふ
どんな悲しみも苦しみも力なく消えて
只喜び許り感じられる。
隣りの室では妻も子も
自分のかへつたのも知らずに、晝間の疲れで眠つてゐる。
幸福な息使ひ
じつと聞いて居ると狹い室の中を
天使が羽ばたいてゐる樣だ。
夢ではないかと思ふ樣に
精神が何も彼も活氣づける。
然うして自分はいつまでも起きて居る
疲れて來るのも知らずに
疲れて來ると天使の羽ばたきは絶えてしまふ
ばつたり心が靜まる
今まで騷いで居た頭の中が空になる。
然しすぐ外で吹く風の音が活氣を誘つてくれる
明日の天氣を告げてゐるのだ。
風に向つて目のまはる樣な聲で鷄が啼く
聲が空にぶつかつて雄大にひろがつて消える。
天使の喇叭のやうだ、
窓から覗けばもう朝の訪れが見える
遠い星が消える樣に目を廻し初めて居る。
人が一人通つた。
鞋ばきで遠くへ行く人らしい
曉の寒さに咳をして
ドスンドスンと歩いて行く。
明日が樂しみだ。
一日一日と樂しみになる
不思議な春よ、
涙ぐみたい春よ

自分は春が好きだ。
こんな天空の下に生きて居る幸福
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