みつゞける。

自分の母がかうだつた。
俺の事心配したが、この俺に感化されたのか
家中が寢鎭つてから
小供の襤褸布を取り出しても
仕事は明日の晩にして本をよむ事にする
どうかすると曉方まで
もう此頃はあの癖は止まつたらしい
然しあの頃の事は矢張り思ひ出すだらうな
あの頃は自分にも一番よかつた
善惡の觀念が單純にはつきりして居て
今程思想は混亂しないで
心の儘に振舞つて、少しの悔いも殘す事がなかつた。

又小供が咳をする。
が大した事はあるまい
明日もこの分なら暖いいゝ天氣に違ひない
一日、陽に當つたら癒るだらう。
未だ眠るのは惜しい
もう一章先きを讀むか。

  春の夜

自分は春が好きだ。
夜更けて闇の中を家へ歸つて來ると
室で澤山人が話して居る。笑ひ、囁いて居る
上つて見ると誰も居ない
妻も子ももう眠つて居る
今のはあれは幻か、
たしかに誰か五六人居た氣がする。
がそんな事も永く不思議とは思はない
じつとして居ると
どこかで二三人の女の靜かな話聲がのろくさく
夜更けまで小聲でして居る。
陰氣なところがない。
自分の眼や心はすぐ生々して來る
涙ぐんで來る
こんな夜を過す人間は幸福だと
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