くなり
すつかり眼を閉ぢる。
春の夜
春のやうな夜だ。
もの柔かな
自分の好きな春の夜だ。
自分は今夜も遲くまで眠ら無いで居る。
こんな晩には自分は眠られ無い者も不幸とは思はない。
他人の幸福も自分には羨やましく響かない
自分は空想をほしいまゝに刺撃して
小供の樣に勝手氣儘に遊んで居る。
時間はたつぷりと有り餘つて居る。
空想も有り餘つて居る。
妻子は一緒に書齋の隅に眠つて居る
健康に溢れて居る二人は
暖いので蒲團をはいで
不調ひな鼾をかいて居る。
只時々小供が咳をするのが氣になる限り
自分はこの靜かな春の夜を
誰にも邪魔をされずに
小供が眠るのを厭がる樣に
用も無いのに眠るのが惜しくて起きて居るのだ。
こんな時、
母が居たらば
きつと、「もう御休みなさい」と心配するに違ひ無い。
その癖後では人に向つて
「勉強家ですよ」と話して居る
あゝ春の夜だ。
四五年前の、十年も前のあの春の夜と同じ春の夜だ。
こんな晩には
幼稚な古臭い情緒にすら
自分の心は素直に動かされてわけも無く感激する涙すら浮んで來る。
じつと耳を澄すと
戸外ではそれでも少しづゝ動搖がある。
遠くでは犬が吠えて
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