愛ゆい耳をもつた胸だけ白い灰色の奴だ。
不安さうに搖られ乍ら體を女の脊中に赤ん坊のやうに寄せ掛けて
時々キーキーと啼いてゐる。
側ではし切り無しに電車が通る
深山の奧から一匹
仲間に別れて來た小猿は
ひもじいのか恐いのか眠りもしないで
寒い空氣の中で恐さうに眼を光らして居る。
二人の女猿曳は話し乍ら實にスタ/\歩いてゆく
地の上はすつかり暗くなつて
坂の向ふには建て込んだ都會の家々の間から
赤い廣告燈の上に
大きな滿月が浮び上るのに
息をつく隙も無く二人はセツセツと歩いてゆく
あたりの騷ぎにはまるで頓着無く
月の下では町の生活の呼聲が寄せては返へす波のやうに
恐ろしく聞える。
人を攫つてゆく狂氣した波だ。
その中で人間がわめいてゐる

心細い漂泊の猿よ
御前は俺のあとになり、先きになる
俺の考へてゐる内に御前は先になつてしまひ
俺が急ぐとあとになる。
今夜はどこで御前は一人で眠るのだ
どこまで行つても御前はその女主からはのがれられはしない。

筒袖をブラ/\させて懷手をして行く仲間も
胸に太鼓をぶらさげて御前をおんぶしてゆく人も見たところ貧しい、
淋しい、いゝ人らしい
御前は一人島流し
前へ 次へ
全102ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
千家 元麿 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング