夜で
空にはどんよりとした月と白い雲がじつと動かずに凍てついて居る、
苦るしい/\永遠の沈默がある。
萬物が同一の法則に漸つと歸つたやうな靜かさだ。
小供は苦るしさうに、壓し出されるやうな吐息をつく
それが靜かに空氣を動かす。
さうして幸福に夢見てゐるやうな安心を與へる。
然し夫と妻は矢張り默つて居る。
遠い遠い過去と未來を何も解らず夢見て
[#地から1字上げ](一九一六、一二月)

  貧しい母親

高い煉瓦の壁の中で
赤い着物を着てゐるのを見たら
乳は上つてしまつた。乳は上つてしまつた。
乳呑兒を抱へて、四歳位になる男の子を片手につれて
貧しい母親は誰にでも饒舌る。
師走の寒い電車の中で、何も彼も棄てゝしまつたやうな目付をして。
高い煉瓦の壁の中で
赤い着物を着てゐるのを見たら
私の乳は上つてしまつた。乳が上つてしまつた。
これぽつちか出やしない。
[#地から1字上げ](一九一六、一二)

  納豆賣

日の出前の町を
納豆賣の女は赤ん坊を脊中に縛りつけて
鳥の樣に歌つてゆく
すばらしい足の早さで
あつち、こつちで御用を聞いて
機嫌のいゝ、挨拶をして
町から町を縫つて
空氣を清めて
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