顏を仰いだる弱々しき夫の顏、
二人を見下ろして老いの愛情に輝く父の顏
無心に母の乳に食ひつく赤兒の顏
その暗き茫然として自失したる如き光景を自分は忘れない。
それを思ふ度びに涙が出て來る。
何事のありしかは知らず
されど自分は未だかゝる痛苦に迫つた顏を見し事なし
かゝる暗き光景を見し事なし
子供の首
何か子供の首を包んで居る。
うしろから見ると
枕ずれのしたちゞれ毛が
美くしい白い肉を包んで居る
草が地面に生えるやうに
白い肉もそこで育つのだ。
子供も一緒に
美くしい髮もそこで育つのだ。
地球と一緒に、
或夜
父の家を出づれば
夜は悲し
代々木の原の上に
涯しなく高く闇は佇み、落ちかゝり
星の光りも僅かに力無し
土手の上の線路の側を
人は徘徊し
悲しく犬の遠吠は聞え
使に出された小き女中が
土手の下の闇をすれちがひ走りぬ
白き犬と共に、
散歩する人
巣鴨の奧の片田舍
日かげ照り添ふ畑道を
用も無い身の
冬仕度せる人、散歩せり
その一人々々は異樣なり
近づくのが恐いやう
年代を經し無慘なる印象
その身を包む外套のかげより現はれたり
その顏の立派さ、恐ろしさ。
前へ
次へ
全102ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
千家 元麿 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング