せるのを。
自分は思つた。此人も子供の時があつたのだ。
白い手を見た時に恐らく彼も思つたらう。
あの人にも御母さんがあつたのだ。
さうして自分の子供のやうに、
矢張り御母さんを慕ひ御母さんも彼をどんなに可愛がり、
神樣以外のものには指もさゝせず育てられた事があるのだ。
この顏色の惡い夜の人、人々に嫌はれ、忌まれる癈れた人が、
然うだ。十三年も行けば、(十三年と云へば長い月日だ)
牢で病死をしないとも限ら無いこの哀れな罪人が、
あゝ神よ、彼を哀れみ給へ。彼を救ひ給へ。
凡ての哀れ極る罪人を救ひ給へ。
自分は彼を見た。どこに責む可きところがある。
その子供のやうな好奇心の強い、眼を輝して、
膝頭で立つて腰を浮かせて牢の外で何か起ると、
盜みに入る時のやうに眼を据ゑ切つて、覗き窺ひ、
耳をすませるこの野生の狼、
自分は忘られ無い、
かの年寄りと若い犯人が、
同じ一つの法則によつて動いてゐたのを、
夜寢る刻限が來ると、
二人は今日か昨日入つた許りの同室の者達に構はずに、
さつさと投げこまれた寢床をのべて
二人竝んでぐつすりいそいで眠つたのを
さうだ、
一日でも早く消えてゆく事はどんな喜びだらう
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