を漲らしてくる。赤い灯がつく。こなたには寒風にさらされつつ葱をぬき急く女のうら淋しさ暗さ。葱ぬく我に絃歌やめよ! とは、絶えざる環境の圧迫にしいたげられる者の悲痛な叫びである。遊び楽しむ明るい群れと、苦しむ者の対比。之ぞ近代世相の二方面であろう。須可捨焉乎、絃歌やめ等、かかる幽うつ、激しさを何等の修飾なしに投げ出しているところ、近代句としても、之等は、特異な境をよめる句である。
又、近代人は兎角興奮し易い。従って所謂女らしくない中性句、感想解放の句を見る。
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風邪ぎみの働らくいやな日向ぼこ みどり
滝見人に水魔狂ひおつ影見しか 静廼
熱の目に太りぼやけぬ鉢金魚 和香女
人憎む我目けはしき秋鏡 ※[#「王+爰」、第3水準1−88−18]女
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等病的神経、憎み憤り、幻影を奔放に言い現する事は、昔の女流俳人には絶無といってよい位である。大正初期のかな女、より江、兼女、何女らの女らしい句に比しても、前期雑詠の女流達は、女らしさつつましさから一歩、自由な全自我をもて芸術に奉仕している。
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