彼が荒々しく硝子戸《ガラスど》を明けると、仄暗い茶の間の鏡の前に、彼女が身動《みじろ》きもしないで坐つてゐた。彼は黙つてその傍を通り抜け書斎の真中へ仰向に身を投げだした。彼はぢつと眼を見開いた。しんとした中に眼に見えぬ力が執拗《しつえう》に彼を圧して来る。彼は身を刺すやうな憎悪を感じた。ビ・リ・リ・リ・リと叫びながら遠野のくれた喙《くちばし》の紅い小鳥が籠の中で跳上る。彼は立つて水を換へてやり、それからつか/\と茶の間へ這入つていつた。と涙が彼女の硬ばつた頬を伝ひ白い手の甲の上に落ちた………
四
同じ日の夜、道助は少々退屈を意識しながら彼女の前に坐つてゐた。彼女は用心深く彼の視線を外《そら》しつゝ何気ない世間話の中へ彼女の従姉《いとこ》の不幸な結婚の話を細々《こま/\》と織り込んでいつた。道助は「これは初めて聞いた」と云ふ風に時々彼女の方へ点頭《うなづ》いて見せながら、ぼんやりとそれを聞いてゐた。で最後に彼女が
「それであの人達が苦んでゐるのは、結局今更どうにもしやうのない秘密の世界をお互して作りあげてしまつた所為《せゐ》だと思ふのよ、」と云つて彼の眼を盗み見た時にも
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