て好いぢやないか。」と遠野も笑ひながら答へた。
「まるで君は日本にゐるやうぢやない。」と道助が云つた。
「そんなことはどうでも好いさ。」さう云つて遠野は強くとみ子を抱きかゝへた。
その時雲がよぎると見えて部屋の中がちよつと暗くなつた。それと共に、道助は何かしら白けた気持ちが自分を犯して来るのを感じた。
「おい、君は何を考へてゐるのだ。」と遠野が叫んだ。
「囃子方も看客も僕はご免さ。」と道助は吐き出すやうに云つた。
「ぢや貴方《あなた》踊らない?」さう云つてとみ子が彼の方へ大きく両手を拡げた。
それを見ると道助の気持ちは一層|拘泥《こうでい》し初めた。何か斯《か》う際立つて明るい世界の前に急に頑丈な扉が聳《そび》え立ち、その外に自分独り取り残されたと云ふやうな……あゝ道助は妻の顔を思ひ浮べてゐたのだつた!
「僕はもう失敬するよ。」
「どうしたんだ、急にまた、」と遠野が訊ねた。
「僕はもう享楽出来ないんだ。」と道助は明らさまに答へた。「意気地が無いのね。」と云ひつつとみ子が彼の背中をどんと叩いて遠野と顔を見合せた……
三
独身――制作――とみ子、その三つのものを結び合せ
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