さう努めて穏かに云つて蒲団を冠つた。
「君はまだ寝るのかい。」と遠野が云つた。
「お起なさいよ。」と彼女も云つた。
「今日は一日寝るんだ。」と道助は駄々つ子のやうに答へた。それを聞くと遠野は口笛を鳴らしながら隣室へ出ていつた。
「真実《ほんと》にどこかおわるいの。」と妻が小声で訊《き》く。道助はぢつと他所《よそ》を見凝《みつ》めて答へない。彼女がそつと夜具に手をかけた。彼はそれをピシリと叩いた。彼女は黙つたまゝ頬を痙攣《けいれん》させて出ていつた。
「いつたい遠野は何のために今朝やつて来たのだ。」それを苛々《いら/\》と考へながら道助は跳ね上るやうに半身を起こした。昨日の酒の所為《せゐ》か頭が石のやうに重い。
「ぢや奥さんちよつと坐つてくれませんか。」と遠野が云ふ。
「妾今日は止しますわ。折角ですけれど。」と妻が答へる。
「そんなことを云はないで、ほんのちよつとの間ですからね。」
「でも妾何だか急に気分が勝《すぐ》れませんから。」
それを聞くと道助は寝巻の儘《まゝ》ふら/\と隣室へ這入《はい》つていつた。そして蒼白い笑顔を作りながら
「描いて貰ふんだ。何なら半裸体でポーズするさ。」と
前へ
次へ
全31ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
十一谷 義三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング