な対話が響いて来る。
「奥さん、描きに来たんですよ。」
「あらほんとにいらつしたの。厭ですわね。」
「好いぢやありませんか、半時間|許《ばか》り坐つて下さいね。」
「ちよつと。里村を起して来ますから。」
「おや、まだ眠つてゐるのですか。」
「えゝ何ですか、昨日から大変気難かしくなりましてね。」
「どうしたのです、身体でもわるいんですか。」
「いゝえ、貴方に戴きました小鳥ね、あれが少し弱つてゐるのを気に障《さ》へましたのですか昨日午後ふいと外出致しまして、夕方|晩《おそ》くお酒をいたゞいて帰つて参りましたがそれきり碌《ろく》に口もきかないで寝《やす》んでるのですよ。」
何となく苦笑して聞いてゐた道助は少し不安を感じ初めた。遠野が何か云ひながら上つて来る気配《けはひ》がする。道助は蒲団を冠つた。
「起きろよ。」さう云つて遠野は道助の枕許《まくらもと》に立つた。その馴々しい態度に不快を覚えて道助は責めるやうな視線を妻に投げた。彼女は感じない振りをして微笑んだ。
「奥さんを描きに来たんだ、今頃の光線の感じがいつとう好いからな。」と遠野が構はずに云つた。
「ありがたう。描いてやつて呉れ給へ。」
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