云つた。
彼女は撥《はじ》かれたやうに立ち上つた、そして遠野の方を向きながら少し慄《ふる》へを帯びた声で
「ではどうぞご面倒でもお願ひ致します。いつそ裸体の全身像を描いて戴きませうかしら。」さう云つて道助を見返した。彼は唇を噛《か》んだ。
遠野が微笑《ほゝゑ》みながら彼の肩を叩いた。その意味あり気な眼差《まなざし》を見ると彼は一層苛立つた。
「奥さんはとみ子ぢやないんだからな。」遠野は静にさう云つてクルリと背後《うしろ》を向きながら又口笛を鳴らし初めた。道助はその背中へ反抗的な劇《はげ》しい視線を投げた。
「あゝ君それからとみ子がね。いつぞやは大変失礼致しましたつて云つてたぜ。」と遠野はそのまゝ見返りもしないで云つた。
「案の通りやつて来たな。」と云ふ風に、道助は落ちついて微笑し初めた、がそれが、途中でふいと硬《こは》ばつてしまつた。彼女が傍につゝ伏して肩を震はせてゐるのだつた……
[#地から1字上げ](大正十一年十一月)
底本:「現代文学大系 64 現代名作集(二)」筑摩書房
1968(昭和43)年2月10日第1刷発行
初出:「東京朝日」
1922(大正11)年
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