点を作つてゐる。道助は起き上つてまた彼女の方へ近寄つていつた。と少し籠が揺れ細い羽が風の中に掠《さら》はれてゆく。
「あゝ死ぬ/\」さう云つて彼は茶の間に置いてあつた帽子をとり上げた。
「何処《どこ》へいらつしやるのよ。」と彼女が詰《な》じるやうに云つた。
「何処へだか僕にもわからんよ。」
そして彼は彼女には構はないで外に出て、兎も角も電車の停留所の方へ歩き出した。
九
七つ目の停留所で道助は電車を降りた。降りるとすぐ彼は右手の小綺麗な小路へ曲つた。そしてショウインドウを覗きながらゆつくりと歩き出した。実はこれは彼には全く初めての街筋なのである。
彼には学生時代からそんな癖があつた。手拭と石鹸とを持つて兎も角も電車に乗るのである。そして幾つ目かの停留所で降りそこから第一番目の四ツ辻を右へ曲りその通りにある銭湯へ飛び込んでゆつくり身体を流して戻つて来るのである。退屈がりの彼はその道筋で出逢はした顔や聞いた話などに一つ/\ころも[#「ころも」に傍点]を被《き》せて喜んでゐたのだつた。
彼は路傍の小ざつぱりとした珈琲店《コーヒーてん》に這入《はい》つた。客は一人も無く暖
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