ひながら道助は餌壺の手当をした。然《しか》し新しい餌が眼の前に盛られるのを見ても、小鳥は化石したやうに動かなかつた。道助は密《そ》つと鳥の胸に手をやつて見た。ふと自分の指先が大きな醜《みにく》いものに感ぜられる。
「おまへが見てやつてくれないからいけないんだ。」と道助はも一度妻に云つた。
「こんな処へ入れてお置きになるのがいけないのよ。」と彼女が云ひ返した。彼は鳥籠を彼女に押しつけた。
「死ぬんぢやないでせうね。」と彼女が少し懼《おそ》れを感じて尋ねた。
「死ぬに定《き》まつてるさ、こんな風ぢや。」道助は吐き出すやうに云つた。
「どうすれば好いのでせう。」
「どうすれば好いかな。」さう云つて彼はちよつと妻の顔を見て、そのまゝふいと書斎へ引き返した。
「何とかしてやつて下さらないんですか。」と彼女が背後から声をかけた。
 彼は読みかけの書物をとり上げた。然し何かしら心が動揺してぢつと筋を辿《たど》つてゆくことが出来なかつた。で彼はすぐに書物を投げ出して隣室へ眼をやつた。
 彼女は鳥籠を縁先に吊し何か口の中で歌ひながらそれを覗き込んでゐた。太陽が籠の目を抜けて彼女の顔に落ちそこに薄呆けた斑
前へ 次へ
全31ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
十一谷 義三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング