「とみ子か、来るよ。今また一枚大きなものにかゝつてゐるのだ。」と遠野は平然と答へた。
「何処に住んでゐるのだ、あんな女は。」
「あんな女はB街に住んでゐるんだ。」
「大変遠いぢやないか。」
「遠くとも来るのさ。それはさうと何なら一度連れてつてやつても好い。」
「あら貴方その人の家までご存じなのですか?」
「来いと云ふから一度行きましたがね。」さう云つて遠野は笑ひながら少し赤くなつた。
「若いんでせう、その人。」と彼女が執拗《しつえう》に訊ねた。
「二十歳《はたち》だつて云つてますがね。どうだかわからない、ねえ君。」
「いや十五六かと思はれる時があるよ。」
「皮肉かいそれは。」
「ほんとさ。」
「驚いたね、僕の考へとは十も違ふ。」
 それを聞くと彼女が笑ひ出した。
「年がいつてゐてもあんな気持ちだと好いな。」そんなことを道助は仕方なく呟《つぶや》いた。
 暫《しばら》くして遠野は立ち上つた。彼女は戸口まで送つて出た。「奥さんほんとに描きに来ますよ。」と遠野が云つた。「どうぞ」と彼女が答へた。「好いだらうな。」と遠野は彼にも云つた。「うん」と道助はぶつきら棒な返事をして空を見た。雪が歇《
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