》つてゐるやうな大きな瞳――
道助は立ち上つて縁側の籐椅子《とういす》に腰をおろした。
「奥さんのも一枚描かして貰ひませうね。」と遠野が云つた。
「えゝどうぞ、でもそんな風に誇張をなすつちや厭ですわね。」と彼女が答へた。
「この表情の乏しい女の何処に興味があるのだらう。」と道助は傍で考へた。
「大丈夫ですよ。それに奥さんのを描いとくと、いつかそれが里村君の先刻の結婚論に対する立派な反証になる時が来ると思ふんだ。ねえ君。」
「大変な曰《いは》くがつきますわね。でもそんなら妾描いて頂くわ、」
「反証つて?」と道助が訊《き》いた。
「つまりほら、家のお祖父《ぢい》さんはあんなに若かつたのだとか家のお祖母《ばあ》さんはあんなに美しかつたのだと話される時が来ると云ふんだ。」
「つまらないことを云つてゐる。然《しか》しそれなら君は何故結婚しないんだ。君の云ふやうだと夙《とつ》くに結婚してゐて好い筈ぢやないか。」
「時機と相手が出来次第だよ、僕は結婚を否定しないんだからな。」と遠野は皮肉な微笑を浮べて答へた。
「君、あの何とか云つたモデルはまだやつて来るのか?」と道助がそれに反撥するやうに云つた。
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