「あゝこれは大変なところを掴《つか》まれたものだ。」遠野が笑ひながらさう云つて道助の顔を見た。道助は少し敵意を感じてぢつと眼を伏せた。
「実はあれを描いた時、僕は片一方で裸体画の制作にかゝつてゐたのだ。」と遠野がすぐに説明した。
「それが馬鹿に好い調子が出てね自分でも大変愉快だつたのだ、ところが君のあれにかゝると、怒るかも知れないが妙に気持ちが違ふんだ。何か斯《か》う全く相容れぬ力に犯されてるやうでね。つまりそんな意識が働いて多少誇張したことになつたかも知れないんだ。」
七
その制作と云ふのは、この間遠野が画室で逢つた例のとみ子をモデルにしたものに違ひないと道助はすぐに思つた。すると奇体にも彼の眼の前へそのとみ子の影像が不可思議な鮮かさをもつて現はれてきた。
――彼女の指先の紅らみの中に浮き出てゐた細《ほつそ》りとした指半月《つめのね》、豊な彼女の唇を縁づける擽《くすぐ》るやうな繊細な彎曲、房々と垂れた彼女の髪の微《かすか》な動揺と光沢、彼女の首筋から両肩へかけての皮膚の純白さと膨《ふく》らみ、彼女の笑凹《ゑくぼ》、彼女の歯列び、とり別《わ》けて、その魂の火が燈《とも
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