り君はそんなことを考へてゐるだらうか、新しい生命の創造と云ふことが起つて来ても矢張り君はそんなに個人主義者かい?」
「一層ひどくなる許りだ。それはむしろ結婚生活の破壊だもの。」
「君のやうな利己主義者にかゝつちや叶はない。」
「僕は利己主義者ぢやない。僕は真面目に正直なことを云つてゐるのだ。」
「わからないな、僕には。」
 遂々《とう/\》遠野は投げるやうにさう云つて、傍に黙つて聞いてゐる彼女の方へ笑ひかけた。然し彼女の視線は凍りついたやうに一つ処を動かなかつた。
 床の壁に遠野が今日持つて来た道助の肖像画が立てかけてあつた。シェードに蔽《おほ》はれた光線が恰度《ちやうど》その額《ひたひ》のところまで這ひ上り、そこの黄色を吸ひとつて石のやうに白く光らせてゐる。道助はそれを見てゐた。
「君、あの顔は少し冷た過ぎやしないか。」と彼は遠野に云つた。それを聞くと彼女はふと皮肉な微笑を口許《くちもと》に浮べた。
「そんな筈はないんだが。」さう云つて遠野はちよつと考へた。
「いゝえ、神経質で冷淡でそして何処《どこ》か引込思案な気性がよく出てゐますわ。」が彼女が少しきつい調子で口を挾《はさ》んだ。

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