た。
「久振で愉快な晩餐《ばんさん》をやつた。」と遠野が云つた。
「君なんか自由だから始終|旨《うま》いものを漁《あさ》つてゐるのだらうからな。」
「いや、余り自由ぢやないよ。」
「そんな筈はない。何と云つても独身時代が好いさ。」
「奥さんに叱られるよ、そんなことを云ふと。」
「なあに、ほんとさ。」
「然し僕は正直のところ、結局意志の問題だと思ふな。一つの意志さへあつたら、結婚しようが独身だらうがさう問題ぢやないと思ふのだ。」
「そんなことを考へたよ、僕も。然し結婚して見るとわかるよ。」
「そんな筈はない。」
「だつて二人になると、お互の間の闘争と妥協とで精一杯だ。正直になれば喧嘩《けんくわ》だ。狭くなれば探り合ひかマヤカシだ。意志なんてものを認める余裕はありはしないよ。」
「君は最も平凡な一面を忘れてゐるのだ。」
「無いものは忘れやうがないよ少くとも僕には。」
「君は余りに拘泥し過ぎる。」
「君は余りに肯定し過ぎる。」
「ぢや君は結局君達の生活を否定しようとしてゐるのだね。」
「少くとも君が考へてゐるらしい平穏な、一致とか互助とか云ふ意味の生活は僕には遠いね。」
「子供が出来ても矢張
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