せられないやうな鍵は持つて居りません。」と彼女が執拗に答へた。彼は強ひて自分の気持ちを抑へながら云つた。
「昔、ある天才が自分の書いたものを真珠を鏤《ちりば》めた箱に入れて密《そ》つと藏つておいたと云ふ話がある、そんな気持ちはお前にはわかるまい。」
「それはお噺《はなし》として承れば美しいことかも知れませんわね。」さう云つて彼女は静かに微笑んだ。
それを聞くと道助は遅緩《もどかし》さに堪へられなくなつて、「馬鹿、お前にはわからない。」と叫んで横を向いてしまつた。彼女はちらと追窮するやうな視線をそれに向け、そのまゝ俯向《うつむ》いて編物の針を痙攣的《けいれんてき》に動かし初めた……
然し暫《しばら》くさうして口もきかないでゐると、道助は何かしら淋しくなつて来た。で彼は遂々《とう/\》銭入れの中から白く光る小つちやな鍵をとり出して彼女の膝の上に投げやつた。
「おまへには恰度《ちやうど》好い玩具《おもちや》だ!」
「えゝえゝ大人しく遊びますわ。」急にさう気軽に云つて、彼女はそれを帯の間へ蔵《しま》ひこんだ。道助は忌々《いま/\》しさうにそれを見た。その手箪笥の引出しには彼の独身時代を淡く
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