うしようかしら。」
それを聞くと弟は大声で笑った。それから彼は言った。
「舟を漕ぎながら、ふいと気が違ってしまうと愉快だと思うがな。」
今度は兄が声高《こわだか》に笑った。
「結局どうなるんだろう。」
「誰が?」
「誰って?」
「結局死ぬんさ。」
「結局死ぬんだろうなあ。」
「死ぬからつまらないさ。」
そう言って兄は空を仰ぎ見た。そして彼女を顧《かえり》みた。
「見える?」
「なあに?」
「星さ。」
「あんなに光ってる。」
「闇《くら》いね。北斗星はどこ?」
彼女は手を挙げた。兄は黒眼鏡のかかった顔をひたりとそれに寄せた。
弟は櫂《かい》を握って立ち上った。舟ががぶりと揺れた。
「寒い、わたし。」そして彼女は坐りなおした。弟は彼女の膝へ彼の浴衣《ゆかた》を放り掛けた。それからまた沖へ漕ぎ初めた。彼女は劇《はげ》しくかぶりを振った。
「もう帰るんだ。」と兄が命令するように言った。弟は聞かずに漕いだ。舟は気違いのように暴れ進む。彼女は真蒼になって兄に抱きついた。兄はじっと弟を見据《みす》えて唇を噛んだ。
弟は眼の前の空を見た。空の星が自分の汗の中へ溶けこんでくるほどの快さであっ
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