ていた。兄はそれをブリキ板の上に乗っている大きな蛙の口へつっ込んだ。それから両手で手際よくその皮が剥がれ透き通るような肉が取り除かれて清らかな内臓が出てきた。心臓がまだひくひく動いている。
「どうだ。いいだろう。」
 弟は漠然《ばくぜん》と笑った。
「人間とそう違わないんだぜ。」
「うん。」
 二人はしばらく黙ってじっとその解剖体を見ていた。それから兄はそれをブリキ板ごと、前の井戸の中へ放りこんだ。胃袋や肝臓や直腸が板を放れてばらばらに水の中に浮き沈みした。兄は解剖刀を洗って二三度水を切って立ち上った。太陽の光が眩《まぶ》しいほど明かに彼らの上に落ちてきた。
 二人は並んで主家《おもや》の方へ引き返えした。
「聖書なんか読むよりずっとおもしろいだろう?」
 そう言って眇《すがめ》の兄の顔が笑いながら弟の眼を覗《のぞ》きこんだ。

 中学を出ると兄は東北のある専門学校へ入った。兄のたつ日、小さな車に兄の柳行李《やなぎごうり》を積んで弟と歌津子とが町の停車場まで送っていった。汽車が出てしまってからも彼女はいつまでもあとを見送って立っていた。弟は車の轅《ながえ》を掴んで、その彼女をじっと待っ
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