味に響く。そこでこの心持ちが作の上にはどう現れているかと云うと、実に骨に彫《え》り、肉を刻むという有様で、非常な苦労で殆ど油汗をしぼる。が、油汗を搾るのは責めては自分の罪を軽め度いという考えからで、羊頭を掲げて狗肉を売る所なら、まア、豚の肉ぐらいにして、人間の口に入れられるものを作《こしら》え度い、という極く小心な「正直《しょうじき》」から刻苦するようになったんだ。翻訳になると、もう一倍輪をかけて斯ういう苦労がある。――その時はツルゲーネフに非常な尊敬をもってた時だから、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分は原文の妙を想像する事が出来やせんか、と斯う思って、コンマも、ピリオドも、果ては字数までも原文の通りにしようという苦心までした。今考えると随分馬鹿げた話さ。併し斯う云って来ると、一図に「正直《しょうじき》」に忠実だったようだが、一方には実は大矛盾があったんだ。即ち大名誉心さ。……文壇の覇権手に唾して取るべしなぞと意気込んでね……いやはや、
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