陋態《ろうたい》を極めて居たんだ。
その中《うち》に、人生問題に就て大苦悶に陥った事がある。それは例の「正直《しょうじき》」が段々崩されてゆくから起ったので先ず小説を書くことで「正直」が崩される、その他|種々《いろいろ》のことで崩される。つまり生活が次第に崩してゆくんだ。そして、こんな心持で文学上の製作に従事するから捗《はか》のゆかんこと夥しい。とても原稿料なぞじゃ私一身すら持耐《もちこた》えられん。況や家道は日に傾いて、心細い位置に落ちてゆく。老人共は始終愁眉を開いた例《ためし》が無い。其他|種々《いろいろ》の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗《くど》い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなければならん。やった所で、どうせ足りッこは無い。
ジレンマ! ジレンマ! こいつでまた幾ら苦められたか知れん。これが人生観についての苦悶を呼起した大動機になってるんだ。即ちこんな苦痛の中に住んでて、人生はどうなるだろう、人生の目的は何だろうなぞという問題に、思想上から自然に走ってゆく。実に苦しい。従ってゆっくりと其問題を研究する余裕がなく、ただ断腸の思ばかりしていた
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