竢\五年は大丈夫生ていると、傍《はた》の私達も思っていたし、自分も其は其気でいた。従って世間の親達のように、早く私を月給取にして、嫁を宛《あて》がって、孫の世話でもしていたいなぞと、そんな気は微塵もないが、何分にも当節は勤向《つとめむき》が六《むず》かしくなって、もう永くは勤まらぬという。成程父は教育といっても、昔の寺子屋教育ぎりで、新聞も漢語字引と首引《くびっぴき》で漸く読み覚えたという人だから、今の学校出の若い者と机を列べて事務を執《と》らされては、嘸《さぞ》辛い事も有ろうと、其様《そん》な事には浮《うわ》の空の察しの無かった私にも、話を聞けば能く分って、同情が起らぬでもないが、しかし、それだからお前は県庁へ勤めるなとして自分一人だけの事は為《し》て呉れと、言われた時には情なかった。父は然うして置いて、何ぞ他《ほか》に気骨の折れぬ力相応の事をして県庁の方は辞職する。辞職しても当分はお前の世話にはなるまいと、財産相応の穏当な案を立てて、私の為をも思っていうのは解っているけれど、しかし私は如何《どう》しても矢張《やッぱり》東京へ出て何処かの学校へ入りたい。
で、親子一つ事を反覆《くり
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