ノ《きま》らずに居たのだ。
極《きま》らぬのは私ではない。私は疾《と》うに極《き》めていた、無論東京へ行くと。
東京は如何《どん》な処だか人の噂に聞く許《ばかり》で能《よ》くは知らなかったが、私も地方育ちの青年だから、誰も皆思うように、東京へ出て何処《どこ》かの学校へ入りさえすれば、黙っていても自然と運が向いて来て、或は海外留学を命ぜられるようになるかも知れぬ。若し然うなったら……と目を開《あ》いて夢を見ていたのも昨日《きのう》や今日の事でないから、何でも角《か》でも東京へ出たいのだが、さて困った事には、珍しくもない話だけれど、金の出処《でどころ》がない。
父は其頃県庁の小吏であった。薄給でかつがつ一家を支えていたので、月給だけでは私を中学へ入れる事すら覚束《おぼつか》なかったのだが、幸い親譲りの地所が少々と小さな貸家が二軒あったので、其上りで如何《どう》にか斯うにか糊塗《まじく》なっていたのだ。だから到底《とて》も私を東京へ遣《や》れないという父の言葉に無理もないが、しかし……私は矢張《やっぱり》東京へ出たい。
父は其頃未だ五十であった。達者な人だけに気も若くて、まだまだ十年
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