祖母の面《かお》だ。
 今でも目を瞑《ねむ》ると、直ぐ顕然《まざまざ》と目の前に浮ぶ。面長《おもなが》の、老人だから無論|皺《しわ》は寄っていたが、締った口元で、段鼻で、なかなか上品な面相《かおつき》だったが、眼が大きな眼で、女には強過《きつすぎ》る程|権《けん》が有って、古屋の――これが私の家《うち》の姓だ――古屋の隠居の眼といったら、随分評判の眼だったそうだ。成程然ういえば、何か気に入らぬ事が有って祖母が白眼《しろめ》でジロリと睨《にら》むと、子供心にも何だか無気味だったような覚《おぼえ》がまだ有る。
 大抵の人は気象が眼へ出ると云う。祖母が矢張《やっぱ》り其だった。全く眼色《めつき》のような気象で、勝気で、鋭くて、能《よ》く何かに気の附く、口も八丁手も八丁という、一口に言えば男勝《おとこまさ》り……まあ、そういった質《たち》の人だったそうな、――私は子供の事で一向夢中だったが。
 生長後親類などの話で聞くと、それというが幾分か境遇の然らしめた所も有ったらしい――というのは、早く祖父に死なれて若い時から後家を徹《とお》して来た。後家という者はいつの世でも兎角人に影口《かげぐち》言れ
前へ 次へ
全207ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング