題だが……題は何としよう? 此奴《こいつ》には昔から附倦《つけあぐ》んだものだッけ……と思案の末、礑《はた》と膝を拊《う》って、平凡! 平凡に、限る。平凡な者が平凡な筆で平凡な半生を叙するに、平凡という題は動かぬ所だ、と題が極《きま》る。
 次には書方だが、これは工夫するがものはない。近頃は自然主義とか云って、何でも作者の経験した愚にも附かぬ事を、聊《いささ》かも技巧を加えず、有《あり》の儘に、だらだらと、牛の涎《よだれ》のように書くのが流行《はや》るそうだ。好《い》い事が流行《はや》る。私も矢張《やっぱ》り其で行く。
 で、題は「平凡」、書方は牛の涎《よだれ》。
 さあ、是からが本文《ほんもん》だが、此処らで回を改めたが好かろうと思う。

          三

 私は地方生れだ。戸籍を並べても仕方がないから、唯某県の某市として置く。其処で生れて其処で育ったのだ。
 子供の時分の事は最う大抵忘れて了ったが、不思議なもので、覚えている事だと、判然《はっきり》と昨日《きのう》の事のように想われる事もある。中にも是ばかりは一生目の底に染付《しみつ》いて忘れられまいと思うのは十の時死別れた
前へ 次へ
全207ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング