ネがら来る。
道端《みちばた》の子供等は皆好奇の目を円くして此怪し気な車を見迎え見送って、何を言うのか、口々に譟然《がやがや》と喚《わめ》いている中から、忽ち一段|際立《きわだ》って甲高《かんだか》な、「犬殺しだい犬殺しだい!」という叫声《さけびごえ》が其処此処から起る。と聞くより、私はハッとした。全身の血の通いが急に一|時《じ》に止ったような気がして、襟元から冷りとする、足が窘蹙《すく》む……と、忽ち心臓が破裂せんばかりに鼓動し出す。「ポチは? ……」という疑問が曇ったような頭の中で、ちらりと電光《いなずま》のように閃いて又暗中に没する時、ガタガタと車が前を通る。
後で聞けば、菰《こも》の下から犬の尻尾とか足とかが見えていたというけれど、私が其時|佶《きっ》と目を据えて視たのでは、唯車が躍って菰《こも》が魂の有るようにゆさゆさと揺《ゆれ》るのが見えたばかりで、他《ほか》には何も見えなかった。或は最う目も霞んでいたのかも知れぬ。
「おッそろしい餓鬼だなあ! まだ彼様《あんな》に出て来やがら……」
と太い煤《すす》けたような野良声《のらごえ》で、――確に年上の奴に違いないが、然う言
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